ダンススクールのサポートはここ
「打つ前に、寄せることを諦められた」ことだった。
クラブを上げて下ろしただけ。
ボールも半ば無意識のうちに打てていたのだ。
だから、体がこわばらなかった。
この観察眼はさすがにプロだ。
「(何とかしようとは)考えなかったからうまくいった」という、自分の行動や存在を否定するように感じられる結論はなかなか出せない。
「考えたからうまくいった」という考え方に執着しやすいのである。
そして、同じ傾向が以前からあったことにも気づいた。
ひどいミスが出るのは極端に難しい場所ではなく、ほとんどの場合、寄せて当然のやさしい状況で出ていたのだ。
「もしかしたら、自分の練習の方法が間違っていたのではないか・・・」と思ったという。
ボールを芝生の穴の中に置く。
深い草の中にわざと沈める。
それを打って寄せようとする、高難度の練習を必死に繰り返してきたことを思い出した。
「5回に1回うまく打てれば上出来、そんな練習ばかりをしていたから練習でもうまく打てなかった。
ミスをする練習をしちゃったのでは?と思ったんです」人間の脳には膨大な記憶容量があり、たくさんの行動の結果がメモリーされていく。
失敗を繰り返せば、当然ながら悪い結果が蓄積されていく。
『へ夕な自分』の姿が刷り込まれることになるのだ。
「練習だから」と割り切っているつもりでも、潜在意識の中にはミスが残る。
それが多くなるほど本番では不安になる。
特にやさしい状況で「絶対に寄せなければ」という心理になるほど「絶対にミスはできない」と思いこむ。
その気持ちが心身をこわばらせる。
難しい状況で、結果を諦めたときにはひどいミスが出ず、うまく寄せられることがあるのはその裏返しだったのだ。
「寄らなくて当たり前」と思えるから葛藤が生まれない。
「難しい練習を続けた成果」で寄ったのではないとプロは考えた。
それからは、寄せの練習を極力やさしい状況に限定した。
いいライからのランニングやピッチエンドランといった、基本の練習を徹底的に繰り返したのである。
ほどなく、長く苦しんできたアプローチのひどいミスが陰を潜め始めた。
花道から高い確率でピンに寄せられるようになった、というのだ。
「それでやっとわかりました、練習は、やさしいことを確実にできるようにすることが大切だったんです、難しいことができればやさしいことはより確実にできるようになる、という考え方は、僕のアプローチについては間違っていました」より高い技術をマスターしようとすることは間違いではない。
彼自身、その繰り返しで技術力を高めてプロになり、一流の座を確保してきたからだ。
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